1614年1月27日徳川家康がキリスト教を禁じました。
同時に厳しい迫害が始まり、それは1873年3月17日まで259年間続きました。迫害によって司祭たちは追放されるか殺害されました。
聖堂もつぶされ、捕えられた信者は罰として土地、仕事、命を失いました。また残酷な拷問もあり、本当に厳しい迫害でした。
それでも大勢の信者たちはイエス様から離れることはありませんでした
いったいどのようにして信仰を守ったのでしょうか?
迫害にあった信者たちはあちらこちらで小さなグループを作って夜ひそかに焦まって一緒に励まし合い祈りました。
各グループは役を受け持つ係りを選びました
「帳方」は今でいう典礼係り、例えば悲しみの季節 (四旬節) がいつ始まるか御主イエスの降誕、復活などの日にちを決めました。
洗礼を授ける人は「水方」と言い、イエスの道を教える人は「教方」、夜の集いが何時、何処で行うか連絡する「聞方」などです。
グループは祈るためにいつもイエスの御言葉の雰囲気の中で集まりました
「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中に「いるのである」マタイ18・20
いっしょに祈ることは、お互いの励ましと勇気づけになりました。
また洗礼の時いただいた洗礼名の聖人は天国での保護者だと信じ大切にしていました。
この迫害時代の信者たちは、信仰を表す目で見えるものに工夫をして大事にしていました。たとえば十字架像は仏像の裏に穴を掘って入れました。
天草の信者たちは、信者のしるしとして鉄の鏡の表に十字架を描き壁に向けて見えなくしていました。
マリア像を思い出すためには子供を抱いた観音像を使いました。
あるグループの祈り場では、マルイとマリアの発音が似ているといって丸い石を持って祈りました。
迫害は厳しかったからイエスの御受難を特に強調しました。そのためにも十字架像は大切でした。
また教の中では、わたしたち人間のこの世の最終目的地は天国 (パラディソ) であること信じ残酷な迫害を耐え忍びました。
大勢の信者はイエス様と同じように死刑宣告を受け、十字架の上で、火の中で、または斬首で、そして一番苦しかったのは穴吊るしの刑です。
イラストを見てください、これはジュリアン中浦神父の穴吊るしの殉教の様子です。
殉教とは「この苦しみは一時的で、その後イエス様と共に天国(パラディン)で永遠の幸せをあじわえる」と考えていました。
この迫害時代の信者たちは現代の私たちに次のようなことを教えてくれていると思います
1 信仰は、この世で一番大事なもちものです
2 活きた信仰を続けるために祈りは絶対に必要です
3 わたしたち人間の最終目的地は天国だということを忘れずにいつも思い出しましょう
4 信者同士の励まし合いは信仰のために大事です
5 自分の洗礼名は天国での保護者なので信心を持ちましょう
6 わたしたちの具体的な信仰のために十字架像、マリア像、ロザリオ、メダイなどを見るときには、その本物を思い出しましょう!
迫害時代を生きた兄弟姉妹たちの模範に感謝しましょう !