聖書:イザヤ9:1-6; 詩篇96; テトスへ2:11-14; ルカ2:1-14
主はわれわれとと共におられます平和を味わうように
クリスマスおめでとうございます
皆さん、神様からの美しいお招きを聞きましょう。「疲れたもの、病気のもの、重荷を負うものは誰でも-誰でも皆-私のもとに来なさい。休ませてあげよう。」神様ご自身が私達一人一人に、生きている声で、この夜、励ましに満ちたお招きを与えて下さっています。
これは神様ご自身からの招待です。けれど、この神様とは一体だれでしょうか?この神様とは私達と同じ一人の人間になられたイエスキリストです。私達は、その救い主の誕生日を今日祝います。この日は「クリスマス」と呼ばれます。それは、キリストのミサを記念する日という意味です。(クリスマス)
イエスキリストは神様ですが、私達が身体と心を持っているのと同じように、身体と心を持ったまことの人間です。
イエス様の人間としての生活は私達と同じように赤ちゃんとして始まりました。イエス様は少年としてユダヤの学校に行きました。そして青年になると、養父ヨゼフの見習い工になり、その後、ナザレの村の大工になりました。30歳の時、イエス様は彼の使命を始められました。この使命は、神様がすべての人に無償の愛を与えているという、天の国からのメッセージを人々に伝えることでした。イエス様は私達に、人生の道を教えてくださいました。それは人生における平安を、そして、死んでからも永遠の安息を与えてくれます。
私達の神であるイエス様は、人間性を体験なさいましたから、私達の問題を理解しておられます。イエス様、私達の神は本当の人間でした。イエス様は私達と同じように、寒さも暑さも感じました。又、他の人からの痛みも受けられました。(特別な12人の弟子の中の二人は深く彼を傷つけました。一人はお金の為に裏切り(ユダ)、そしてペテロは臆病さの故にイエスを裏切りました。)イエス様、私達の神様は、寂しさを感じ、又、誘惑、落胆、誤解も経験されました。イエス様はその頃、私達と同じように大変忙しく、ある時は沢山の人々がイエス様の所に来て、食事をする暇もありませんでした。勿論、喜びの時もありました。
言い方を変えると、私達には本当に私達を理解して下さる神様がいるのです。だから、私達は自分の喜びも苦しみも抱えて、神様のところへ行けます。その神様が私達を招いて下さっているのですから、それに応えましょう。イエス様は言っておられます。「だれでも私のもとに来なさい。」
私達はみな心の中に何か暗闇があると思います。第1朗読の中でイザヤが次のように預言しています。「闇の中を歩む民は、大いなる光を見た。」
そして、天使たちは、キリスト誕生の夜、「地には平和あれ」と賛美して言っています。神様が私達と同じ一人の人間としてこの世に来られたのは、単に2000年前の出来事ではありません。イエス様は、神の栄光を帯びて戻ってこられ、私達の傍で人生の道を共に歩んで下さっています。私達の神であるイエス様は、人間の弱さを体験なさいましたから、とても理解に満ち、近づき易いお方なのです。イエス様は言っておられます。「わたしのもとに来なさい。」さあ、祈りのうちにイエス様のところへ行きましょう。